BRAND STORY vol.08 KAWADA DOWN

ダウンの源流を知る

世界トップレベルの技術力

01
ダウンの源流を知る

“NANGAが信頼を寄せる河田フェザー社とは?”

“羽毛は食用水鳥から回収できる副産物ですから、もともとの生育環境での汚れや、ホコリ、アカ、油脂などが付着しています。それを洗浄によってきれいに取り除き、清潔で高品質な羽毛に精製する。羽毛に汚れが残っているとロフト低下の原因になりますし、アレルギーや、菌やダニ、悪臭が発生する要因になります。これをしっかり洗うことで、清潔で品質の高い羽毛をお届けする。それが私たちの仕事です。”

河田昌浩(河田フェザー株式会社相談役)

寝袋やダウンジャケットなどNANGAの羽毛製品にはすべて、河田フェザー製の羽毛が使われており、「河田フェザーの羽毛なしではNANGAのクオリティは保てない」というほど、絶大な信頼感を抱いています。そんな河田フェザーとはどんな会社なのでしょうか。

河田フェザーは、130年以上の歴史を誇る羽毛専業メーカーで、もともとは羽根突きの羽根や神社の破魔矢、自動車用の毛バタキなど、文字通り、羽根(フェザー)を使った製品を製造販売していました。

ダウンを扱うようになったのは1970年代からで、現在は主に原材料としての羽毛を仕入れ、それを除塵や洗浄・回復によって精製加工し、各ブランドやメーカーに供給しています。その技術力は世界トップレベル、「品質の河田」とも言われ、海外からの視察も少なくありません。

一般的にはあまり知られていないと思いますが、アウトドアやアパレル、寝具などの製品に使われる羽毛は、洗浄・精製という加工工程を経ています。その多くは海外で洗浄・精製された羽毛を商社が輸入し、それを各メーカーが仕入れたもの。あるいは、製品そのものが海外で生産されたものです。したがって、河田フェザーのように自社で羽毛専用の洗浄設備を持つ会社は国内では数えるほどで、その大半が大手の寝具メーカーだといいます。

そこに危機感を覚えたのがNANGAの先代社長でした。洗浄による精製は羽毛の品質に大きく関わります。その肝心な部分の精製が、どこで、どの程度のレベルで施行されたのかが不確かなままでいいのかと。

そこで国内の羽毛サプライヤーを調査した結果、互いに切磋琢磨しながら高い品質を追求し合える日本の加工会社である河田フェザーにたどり着き、羽毛の供給を依頼します。それはすべて、羽毛の品質への高いこだわりといっていいでしょう。

「新しい羽毛はどれもそれなりのフィルパワーを発揮します。ですが、何年も使っているうちに、いいものと、悪いものとの差がでてくる。羽毛が難しいのはそこです。もちろん、羽毛自体の品質の違いもありますが、それを生かすも殺すも『洗い』にかかっています。しっかり洗浄された羽毛は、安全、安心、清潔なだけでなく、何年使っても機能が低下しにくいんです」

羽毛の洗浄レベルには、日本羽毛製品協同組合が定めた「清浄度 品質基準」という数値があります。それによると、組合が定めている新毛の品質基準が500から1000mmという値に対して、河田フェザーは1000から2000mmという高い数値を実現しています。これが「河田基準」と呼ばれるもので、NANGAに納める羽毛に関しては、さらに高いレベルに設定されているといいます。

「NANGAの先代社長さんはすごくこだわりを持った方で、『お前のところしかない』とウチに来ていただいた。その信頼に対して裏切ることはできませんからね」

02
水と気候

“「水と気候の良さ」が本社工場を定める決め手だった。”

現在、河田フェザーの本社工場は三重県伊勢明和地域にあり、伊勢湾に面した海辺の地で羽毛の精製加工を続けています。東京で創業し、戦後は名古屋で操業していた本社工場が、この地に移ってきたのは1991年のこと。その理由は、羽毛の洗浄・回復加工に関わる「水と気候」でした。

奈良県との県境には、国内屈指の降雨量を誇る大台ヶ原山地が広がっています。この山地に降った多量の雨は長い時間をかけて地中深くに浸透しながら鉱物をろ過し、伏流として伊勢湾に流れ出ます。そのため本社周辺からは、ミネラル分が溶け込んでいない超軟水の地下水が豊富に入手できます。

水の硬度を示す数値でいえば、国内の一般的な水道水が硬度50から60mg/lなのに対して、河田フェザーの使用する地下水は硬度3から5mg/l。いかに硬度が低い軟水なのかがよくわかります。この「超軟水」が羽毛の洗浄に最適だと河田さんは言います。

「軟水はミネラル分が少ないことで洗浄効果が高く、羽毛洗浄に最適な水です。洗剤の残留もなく、洗剤の量も少なくて済みます」

河田フェザーは「研ぎ洗い」という特殊な羽毛同士を擦り合わせ羽毛の表面についたアカやホコリを取り除くような洗い方です。これをすることで、羽毛の精製精度が上がり、色合いも一段と白さも増します。逆に細かいアカなどは取り除いておかないと、使っているうちにそれがはがれて、目に見えない細かいホコリになる。そのため、研ぎ洗いは必須で、それには超軟水が適しているのだそうです。

「ヨーロッパは硬水なので、洗いによって羽毛を傷めることが多いんですよ。硬水で頭を洗うとシャンプーが泡立ちにくく、髪の毛もバリバリになりますよね。それと同じことです。素材としての羽毛は、およそ100年は保つと言われています。お爺さんが使った羽毛ふとんを打ち直して、孫が使う。ヨーロッパではそうしたリメイクの文化が根付いています。「打ち直し」は江戸時代から続く日本の文化でもありますし、その点でいえば、日本では軟水で洗っているので、おそらく200年くらいは保つんじゃないかと思いますね」

さらに、この地の気候的な特徴もまた、羽毛精製に最適だったといいます。本社工場のあるあたりは、雨を降らせたあとの乾いた風が、山から海に向かって吹き下ろす。そのため、平野部は比較的湿気が少なく、通年で高温多湿になりにくい気候が続きます。

空気が湿っていれば羽毛は閉じ、乾燥していれば羽毛が開く。羽毛が開いてくれることで繊維1本1本の隙間にある微細なホコリまできれいに取ることができます。そのあたりも、台湾などアジアの亜熱帯で精製された羽毛よりも、河田フェザー製の羽毛が優れているひとつの要因になっています。

できる限り羽毛の汚れを取ることが、品質を保つためのキーになる。ということで、この「水」と「気候」こそ、河田フェザーが求めていた最高の立地条件だったのだといいます。

03
本社工場の工程

“ダウンの品質を左右する除塵と洗浄工程”

河田フェザーの本社工場は、原料の入荷から精製を経て、出荷までを一手にまかなっています。つまり、海外から厳選して輸入した羽毛を工場に集め、除塵や洗浄・回復加工をした後に、ダウンやフェザーなどに選別し、それを均一な品質にブレンドして出荷する。それが河田フェザー本社工場の仕事です。その工程を一つひとつ見ていきましょう。

1. 除塵
まずは水洗いする前に、羽毛に付着した油脂を含んだホコリを取り除きます。小さな穴が開いたドラム式の除塵機に羽毛を入れて撹拌し、ホコリやアカなどを穴から放出する。この工程を経ることで、羽毛洗浄時の洗剤の使用量やすすぎの回数を減らすことができます。また、除塵後のホコリを燃やす熱を再利用して温水をつくり、洗濯機に使用しています。

2. 洗浄
除塵を終えた羽毛は、次に独自の「研ぎ洗い」専用の洗浄機で洗浄します。1回の洗浄に要する時間は約2時間、それを2回繰り返して洗って、4回すすいで、脱水します。浸透力の高い超軟水は羽毛の隅々にまで浸透して、汚れやアカを洗い落とします。

洗剤は植物由来の天然成分のものを使用しています。ケミカルな洗剤のほうが時間も早くコストも安くなりますが、そこは環境に対する責任と人体への影響を考えたら譲れない部分。抗菌防臭加工をしないのもそれが理由で、抗菌剤を使わなくても、しっかり洗浄して菌の発生を抑えるという考え方です。

3. 乾燥
洗浄を終え、濡れた羽毛は乾燥機にかけられます。約150度の高温で一気に乾き、スチームをあてることでふわりとした羽毛になります。その際、濡れた羽毛に付着したアカや汚れ、毛根を分離する効果もあります。

4. 冷却除塵
乾燥を終えて、ゆっくり常温まで冷やされた羽毛は、2度目の除塵機にかけられ、洗浄で剥がれ落ちたホコリやアカをさらに取り除きます。

5. 選別
ふわふわと舞う羽毛の特性を使って、風の力でダウン(羽毛)とフェザー(羽根)を選別します。大きな部屋がいくつも連なり、軽いダウンは奥の部屋まで風で運ばれ、重いフェザーは途中で落ちます。河田フェザーの選別機は世界最大級の大きさがあるため、重いフェザーなどが奥の部屋まで飛ぶことがほぼなく、精度の高い選別が可能だといいます。

6. ブレンド
羽毛は天然素材のため、同じ農場で飼育された水鳥であっても、毎年同じ品質の原料を仕入れることはできません。そこで、産地や種類が同じ羽毛を2種類以上ミックスすることで、常に同じ品質に保つ工程が「ブレンド」。大型の撹拌機のようなブレンド機はオリジナルで、長年蓄積した膨大なデータベースに基づいてブレンド内容が決められています。

04
無味無臭

“羽毛は無味無臭(工場見学を終えて)”

最終工程の部屋には、すべての工程を終えた羽毛が、静電気防止加工された専用袋(ベール)に入れられて出荷待ちをしています。その部屋に貼られた「羽毛は無味無臭」と書かれた紙が嫌でも目に止まります。

たしかに、この工場内には羽毛特有の動物臭というか、濡れたダウン製品が発するような嫌な臭いがほとんどありません。洗浄によってクリーンで「無臭」の羽毛が精製されている証拠です。そのうえで、河田フェザーの社長は洗い終えた羽毛を口に含んで味を確かめたのだそうです。しっかり洗い終えた羽毛は「無臭」はもちろん「無味」でもあるべき。そこまで羽毛の精製にこだわったということです。

工場内のすべての工程で、羽毛はパイプを通して各生産ラインを移動するので、精製過程中で人の手に触れることはありません。ラインに投下されてすべての工程を経て選別が完了するまでの所要時間は、5、6時間。羽毛はそれほどまでに丹念に洗われていたとは驚きです。そしてこの精製にかける手間と時間こそが、品質の高い羽毛を支えるキーだったのです。

05
日本で3機関しかない国際羽毛協会認定の試験機関

“ダウンの基礎知識”

河田フェザーの敷地内には品質向上の一環として、2018年より独立した「一般社団法人UMOUサイエンスラボ」という名の研究機関を設置しており、羽毛に関する基礎研究を進めています。こちらのラボは現在日本で3機関しかない国際羽毛協会認定の試験機関です。そこで、ダウンに関する基本的な知識を教えていただきました。これまであいまいだった認識も、専門家による説明は非常にわかりやすいものでした。

Q:フェザーとダウンの違いは?
ダウンは水鳥の胸から腹にかけて生える綿羽で、羽軸を持たず、タンポポの綿毛のように放射線状に伸びています。これは水鳥にしかないもので、大空を飛び、冷たい水のなかに入るときに、内臓を冷えから守るために発達したと言われます。

一方、フェザーは羽根の形をしたもの。羽軸があるために、ダウンよりも重量があります。よく言われるのは、ダウンは肌着で、フェザーは上着。首の周りや胸から腹にかけてダウンで空気層を作って熱を保持し、その熱を逃がさないようフェザーで覆っているという形です。

Q:製品になった場合のダウンとフェザーの違いは?
ダウンボールは放射状のため、ふわりとしたなかに多くのデッドエアを溜め込むことができます。羽毛製品の保温力は、このダウンの性能にかかっています。以前はダウン70%対フェザー30%の割合が一般的だったものが、現在ではダウンが80%から90%になっています。

Q:原料にはダウンもフェザーも混在しているのですか?
もともと、水鳥から回収したときのダウンの割合は25から27%くらい。それを現地で選別します。それでも、仕入れたなかには2、3%のフェザーが混在しているので、それを当社の選別工程で取り除きます。

Q:グースダウンとダックダウンの違いとは?
グース(ガチョウ)のほうがダック(アヒル)よりも飼育期間が長く、体格が大きいため、ダウンボールの大きさが違います。グースの小羽枝という細かい繊維は約2ミクロンの太さで、ダックは4ミクロン。グースのほうが細いのでしなやかなドレープ性があり、コンパクトになりやすい。一方、ダックのほうが繊維が太いぶん、反発性が高く、圧縮状態からすぐに回復します。

Q:保温力ではダウンボールの大きなグースが勝りますか?
そこは一概には言えません。グースダウンのほうが1つひとつのダウンボールが大きく保温力が高くても、結局、どんなダウンをどのくらいの量を入れるかによります。限られた空間に詰めるわけですから、詰めすぎると硬くなるし、かさ高や復元力、重量、フェザーとの割合などを考え合わせながら、最適なバランスを求めます。これは、過去の経験や多くの実験を重ねても、なかなかベストの答えがでない部分で、ずっとやり続けなければいけないと考えます。

Q:フィルパワーとは?
羽毛の持つかさ高性を示す数値で、羽毛30gあたりのふくらみ度合いを立方インチで示したものです。温度と湿度を一定に保たれた試験室で、測定シリンダーに30gの羽毛を入れ、上部から円盤を乗せて、一定時間後の高さを測定します。フィルパワーの高い羽毛は回復力が高く、それだけ保温性を発揮します。

Q:ダウンの専門家に訊くダウン製品の洗濯方法とは?
基本的にはそれぞれの製品の洗濯表示にしたがっていただくのが確かです。湯船にぬるま湯を張って押し洗いするとか、洗濯ネットに入れて洗うとか洗濯方法はさまざまだと思いますが、すすぎを何度か繰り返して、ダウンプルーフ内に洗剤が残らないようにすることが大事です。洗剤は、毛糸洗いやおしゃれ着用の中性洗剤がベターです。

Q:シーズンに何回くらい洗ったほうがいい?
山から帰ってきたら毎回干して、乾燥させて収納していれば、よほどのことがない限り、なかのダウンまで汚れることはありません。ダウン自体に汗や皮脂はあまりつくことはないため、実はそれほど洗う必要はないのです。洗濯の必要性があるのは、羽毛を包む生地のほうですね。

06
二酸化炭素の削減

“リサイクルダウンへの可能性”

現在、河田フェザーでは、独自の洗浄・回復技術を生かしてリサイクルダウンの普及に力を入れています。消費者から回収したダウン製品(主に羽毛ふとん)を解体して羽毛を取りだし、河田独自の技術で洗浄・精製することで、リサイクルダウンとして生まれ変わらせるものです。

すでに世の中に流通している羽毛資源を再利用することで、水鳥生育環境に左右されず良質の羽毛を使用でき、また、廃棄物となった羽毛製品を焼却する際のCO2排出自体を抑制、たとえば、羽毛1kgに対し、約1.8kgの二酸化炭素の排出削減につながります。

「グリーンダウンプロジェクト」と題したこの取り組みは、ダウンはもともと100年以上使える耐用年数が高い素材であることに加えて、河田フェザーの持つ高い洗浄・精製技術が結び付いたもの。それはまさに、河田フェザーの羽毛へのこだわりであり、高い品質を表すひとつの例かもしれません。


  • TEXT:CHIKARA TERAKURA
  • PHOTO:SHOTA KIKUCHI